2019/02/09
【5Pointz Aerosol Art Center】

5Pointz Aerosol Art Center

 

アメリカ合衆国はニューヨーク市クイーンズ地区、ロング・アイランド・シティにかつて存在した世界最高の落書きのメッカ 『ファイブ・ポインツ』(5Pointz) 。正式名称は、『インスティテュート・オブ・ハイアー・バーリン』(The Institute of Higher Burnin)または、『ファイブ・ポインツ・エアロゾル・アート・センター』(the 5Pointz Aerosol Art Center, Inc.)。世界中のエアロゾル・アーティスト(スプレー缶職人)が目標とし説的な描き手がやって来て、建物の壁面を飾った場所だ。

 

 

『5Pointzの始まり』

 

元々1892年にNeptune Meter社によって水道メーターの製造工場として建設された建物を、1970年代にジェリー・ウォルコフによって買収された。1990年代合法的にグラフィティアーティストが活動できる場所として貸し出され、1993年、パット・ディリリョ (Pat DiLillo) によってファン・ファクトリーが開設された。グラフィティアーティストが正式に作品を表現する事ができ、落書きによる破壊活動の抑制を目指していた。2002年、「Meres」名義で活動していたグラフィティアーティスト、ジョナサン・コーエン (Jonathan Cohen) が、キュレーターを務めると、たちまち多くの伝説的なエアロゾル・アーティストがやって来て、建物の壁面を飾り、世界中から注目されるミュージアムへと成長する。

詳しくは、【ジョナサン・コーエン 】を参照。

 

 

5Pointzは、Jackson Avenueを挟んだ美術館MoMA PS1の向かいに位置し、ニューヨーク市営地下鉄7ラインのコート・スクエア駅(Court Square)からマンハッタン方向に出たあたりからよく見る事ができた。建物の壁面200,000平方フィート (19,000 m²)にも及ぶ面積目一杯に描かれたエアロゾル・アートは圧巻だった。建物の所有者ジェリー・ウォルコフはこの一帯の施設をクレーン・ストリート・スタジオ (Crane Street Studios) と称し、やく200人のアーティストに対してスタジオ空間を格安で提供していた。 (42 m²)のスタジオの賃料月額は600ドルであったと言われている。『ファイブ・ポインツ』という名称は、ニューヨーク市の5つの行政区がひとつになるという意味である。今となれば、5つの行政区どころか、世界が一つになっていたと言ってもいいだろう。

 

 

『5Pointzの作品』

 

無名アーティストから有名アーティストまで様々。ジョナサン・コーエン監修の下、多くの作家によって描かれている。コーエンが知らないアーティストが活動する場合、事前に作品見本の提出を求められ、作品の制作が予定された場合にはレイアウトの提出も求められたと言う。グラフィックアートやエアロゾルアートとも呼ばれるが、ミューラルアートの走りとも言える。

詳しくは【ミューラルアートと言う世界】を参照

 

 

 

「 Stay High 149」、「Tracy 168」、「Cope2」、「Part」、「SPE」、「Tats Cru」など、伝説的なグラフィティ・アーティストたちの作品が並ぶ。世界中が認めたストリートカルチャーであり、世界中が認めたアートである。

詳しくは、【エアロゾル・ アートに迫る】を参照。

 

多くのアーティストは5Pointzを目指した。成り上がったアーティストは様々なアクションを起こし、その時代を盛り上げた。ストリートカルチャーとも呼ばれたエアロゾルアートは、多方向のアーティスト、例えば音楽アーティストや、テレビシーンや映画シーンの撮影場所としても幅広く活用された。5Pointzは生きる伝説と化し、多くのテレビ、雑誌、新聞のメディアが取り上げ、多くの人が知ることとなった。そしてたくさんの観光客が訪れる場所となる。5Pointzは勢いに乗ったアートミュージアムとなった。

 

 

『数々の問題から終止符へ』

 

2009年4月10日、コンクリート製の避難階段の一部が崩落し、アーティストが怪我をしたとして、ニューヨーク市建築局が立ち入り検査を行なったところ、建物の老朽化、安全性に様々な問題点があるとして建物内の全面閉鎖を命じた。

 

それでもグラフィックは日々進化して行く。通行人が足を止め、遠方から観光客が団体で訪れる事はやまない。数々のアーティストの作品は人伝てに話題となり、世に広まる。が、2011年頃から囁かれていた。その巨大な建物の全面撤去という噂。そこにはマンハッタンを一望できるゴージャスな高層集合住宅が建つと言う、嘘のようで本当の話だった。アーティストたちは耳を疑うが、所有者やニューヨーク市都市計画局があっさりと決めた、シンプルで儚い結末だった。

詳しくは【終止符が打たれた5Pointz】を参照。

 

 

『今だに多くの思い出が詰まる』

 

5Pointzは今のアートがさらに発展した一つの歴史を刻んだ。5Pointzを見てアーティストを目指した若者が今、それぞれのアーティスト活動を続けている。5Pointzを超えるミュージアムを作ろうと計画しているアーティストも存在する。ミューラルアートの世界も認められ多くの人が生活の一部としている。アート界に様々な動きが見れるのも5Pointzがあったからだろう。5Pointzは未だに生き続けている。