2019/02/13
【エアロゾールアート】

【エアロゾールアート】

 

近頃では日本でも、街の一角にアートが増えてきたように思う。街の景観にマッチしたインパクトある合法的なアート作品は、所有者や行政の承諾を得て描かれ、その街の風景となり活気を与える、ミューラルアートと呼ばれる。

詳しくは【ミューラルアートと言う世界】を参照。

 

『エアロゾールアートの歴史』

 

一方、エアロゾールアート (aerosol art) やグラフィティ (graffiti)とも称される、スプレー缶やフェルトペンなどを使い、壁などに非合法的に描かれるカルチャーが存在する事はご存知の方も多いのではないか。近年のミューラルアートの起源である。グラフィティを描く人をライター (writer) やペインター (painter)といい、1970年代にニューヨーク市の壁や地下鉄内、電車などに多く描かれたことが始まりと言われている。 もちろん、不法侵入罪や器物破損罪などの犯罪対象となり、社会問題とまでなった。1980年代に入り少数ではあるが、グラフィティライターが芸術家、アーティストとして世に出始めてきた。それ以前から、そのようなアーティストは存在していたが、バスキアやキース・ヘリングは、このようなストリートアートと言う世界を、世間に知らしめた人物だろう。近年では世界の富豪が、ジャン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat)のアート作品を高額な値で買う事で、さらに認知度を高めたのではないだろうか。

詳しくは【ジャン=ミシェル・バスキア】を参照。

1980年代後半から、本場NYCからヨーロッパ、南米、日本、アジアなどに広がりを見せる。

1990年代、合法的にグラフィティアーティストが活動できる場所として貸し出された、ニューヨーク市クイーンズ地区にある『ファイブ・ポインツ・エアロゾル・アート・センター』はアートの世界に歴史を刻み、冒頭にも述べたミューラルアートや現代のアートに大きな影響を与えた事は確かだ。

詳しくは【5Pointz Aerosol Art Center】参照。

 

 

『エアロゾール作品を知る』

 

グラフィティの基本としては「タグ」だろう。近年ではSNSなどでも用いられる言葉に「タグ付け」とあるから馴染みやすい。スプレーなどで単色を使い、自身のグラフィティネーム、所属チームなどを書いたものを示したものだ。二色までの色を用いて数分で描かれたものを「スローアップ」といい、代表的なスタイルは「バブルレター」が挙げられる。さらにそれ以上の数色を用いてブロック体などで描かれたものを「ブロックバスタ」といい、これらの行為は「タギング」と呼ばれる。

また多彩な色を用いて時間をかけて描かれたものを「ピース」といい、それは文字や絵も含めた総称だ。文字のグラフィティを「レター」というのに対して、人物、動物などを「キャラクター」と分類する。

横浜にはかつてグラフィックストリートが存在し、全国各地から多くのペインターが現れた。【桜木町グラフィックアート】参照。

冒頭にも述べたが、壁一面に時間をかけて描かれたピースで、よりメッセージ性や芸術性が高いものを「ミューラル」という。

 

 

『社会問題へと発展』

 

とは言え、一般社会から見たら大きな社会問題へと発展している。公園や公共施設、電車などに描かれるグラフィティの多くは、許可を取っておらず、器物破損罪などに当たる違法行為であり、日本だけでなく世界各国での社会問題に発展している。そもそもグラフィティ自体を知らない人にとってみたら、芸術性なんてあったもんじゃない。ただの落書きとも取れる。1995年、ニューヨーク市では18歳以下の青少年にエアロゾールスプレーを販売することを禁止した条例が成立している。80年代のグラフィティ除去費用や様々な対策に総額1億5000万ドル、日本円にして(1$100円)、150億円もの費用がかかってるとは驚きである。

実際のニューヨーク市の街中の壁を生で見たら驚く事は間違いなく、日本のグラフィックとは種子が違うようにも感じ取れる。

詳しくは、【グラフィックを描く本当の理由と社会問題】参照。

 

『描き手にとってのマナー』

 

描き手同士のルールやマナーが存在する。違法に描くグラフィックの対象は公共施設、交通機関、巨大な建物などとされ、個人商店、個人宅には描いてはいけないと言うものだ。また既にあるグラフィティの上に描くには更に完成度の高いものを描く必要がある。これによりグラフィティのクオリティ、芸術性が上がっていった。しかし、近年はライターモラルの低下や、描き手側の目的の違いなどから、それらが守られずにいる。また公的に認められるミューラルに移行しているようにも思う。渋谷を中心に、全国各地では、完成度の高いグラフィティを公認で描きなおし、芸術性の低い落書きを減らす試みが行われている。

また近年では世界各地で合法的な落書きの場、イベントアートなど、リーガル・グラフィティを用意する動きが多く見受けられる。

 

90年代に入るまでアートとして認められてこなかったグラフィティと言う存在が、数々の素晴らしい作品を生み出してきたアーティストの影響や有名ブランド、社会が取り入れた事により、グラフィティは現在アートとして受け入れられている。その進化がミューラルと言っていいだろう。貧困や人種的偏見などの訴えを表現したグラフィティが良い方向に向かっているのは間違いなくそう思う。日本はもっとアートに触れるべきであり、アートを出していくべきだ。街中にもっとアートを増やし、多くの人がそれに触れることができたら、また少し面白く楽しい世の中になるのではないか。